放課後は日差しがきつくひどい暑さだった。ホームルームが終わると私と謙也くんは一緒に学校を出た。謙也くんと帰るのは久しぶりだったので私はなんだか不思議な気分になった。私が彼氏と付き合い始める以前は毎日のようによく下校していたが、いつの間にか謙也くんから誘われることはぴたりとなくなってしまっていた。
「あっつー、溶けそうやわ」
謙也くんは太陽に掌をかざして目を細める。
「なあ、アイスでも食べて帰ろうや」
コンビニに近づくと、謙也くんは明るい声でそう言った。私も「いいね、食べよう!」と返事した。
二人でコンビニに入り、それぞれのアイスを選んで買った。よく見ると私と謙也くんは同じ種類のアイスを買っていた。アイスは木の棒が柄になっているバー状のタイプで、棒に当たりくじがついているものだった。
「あ、楓ちゃんと俺、一緒のやつやん」
「ほんとだね」
「それ、何味なん?」
「レモン味。謙也くんは?」
「俺はソーダ」
コンビニを出ると、謙也くんはアイスの袋を破って、一口かじる。
「生き返るわーっ、やっぱこの時期はアイスやな」謙也くんは笑った。
「ね、暑いからスーッとするよね」
謙也くんにつられて私も微笑んだ。自分がこうやって自然に笑っているのは久しぶりな気がした。
私たちはアイスを食べながら歩いた。
私はこの間の謙也くんの様子があれから少し気になっていたが、目の前の彼は心底楽しそうに笑っていたので、私はほっとした。
「楓ちゃん、元気そうでよかったわ」
「え?」
「今日は大丈夫やろかって、心配しとってん」
木陰に入ると風が吹いて謙也くんの髪が揺れた。彼はこちらを見てにこりと笑う。謙也くんは優しい。知らない間に私のことをずっと気にかけてくれている。反対にその優しさに何も返せていない私はなんだか後ろめたく思った。
「謙也くん」
「ん?」
「いつも私のこと気にしてくれてありがとう……なんかごめんね」
私がそう言うと謙也くんは少し面食らった表情をした。
「どないしたん?そんな気使わんといてや。俺別になんもしてへんで」
「ううん、そんなことないよ。もし何か……その、謙也くんが困ったこととかあれば、私でよかったら力になるから、なんでも言ってね」
私は謙也くんのために何かしたいと切実に願っていた。私がそう言うと彼は何か考えるようにして黙りこんだ。
「謙也くん……?」
「せやったら……前みたいに、俺と毎日一緒に帰ろうや」
「えっ」
私が驚いて固まっていると、謙也くんは笑った。
「ははっ、って冗談や。楓ちゃん部活終わってからは、財前と一緒に帰ってるやろうし……」
「……」
「せやけど俺、もっと楓ちゃんと話したいねん」
謙也くんはまっすぐに私を見た。
「この間、楓ちゃんの家で久しぶりにちゃんと話したけど、それでもぜんぜん足りんっちゅーか……ほんまはもっと一緒に………」
謙也くんはそう言いかけたが「いや、なんでもあらへん」と、何かを振り払うようして言った。そして改めて私の方を見る。
「……そういや俺が聞いていいかわからんけど、財前といつも話してんのって、楓ちゃんの彼氏のこととちがうん?」
心臓がどきりとする。私はなんて言っていいのか戸惑った。前に謙也くんと白石くんに訊ねられたときは、財前くんとは世間話をしているだけと答えたが、その嘘はすでに見透かされていた。
「ごめんね……。謙也くんの言う通り、財前くんには彼氏の相談に乗ってもらってて。謙也くんたちには迷惑になるかと思って言わなかったんだけど……」
「やっぱりな、そうやと思ったわ。ぜんぜん迷惑とちゃう、ってかむしろ話してくれてよかったんやで」
謙也くんはそう言ってから遠くを見つめた。
「けどそういう話は俺より財前の方がええやろな。悔しいけど、あいつモテるし」
謙也くんは大きくため息をついた。
モテる……。そういえば財前くんは学校の女子に人気だった。もしかすると私だけではなくて、他の女子からの相談にたくさん乗っているのかもしれない。別に私だけが特別扱いをされているわけではないんだ。そう思うとなんだか急に虚しいような寂しいような気分になった。
「あれから彼氏のことでなんか嫌な思いとかしてへん?」謙也くんが訊いた。
「最近は会えてなくて……」
あれから彼とは会えずに相変わらず音信不通のままだった。財前くんに言われてから彼のことを自分がどう思っているのか考えるようになったが、答えはまだでていない。考えようとすると、自分の心がするすると掴めないままどこかへ逃げていってしまう。自分の気持ちなのによくわからないなんて、私はおかしいのかもしれない。けれどわかったことがひとつあった。それは謙也くんや財前くんといる時よりも私は彼には気を使っていて、自分自身が素直になれていなかったということだった。
「そっか。俺、頼りにならんかもしらんけど、話ぐらいやったらいつでも聞くから言うてや」
「ありがとう……」
結局謙也くんに気遣ってもらっていて、私は何もできないままだった。また自分が情けなくなる。
「おっ?よっしゃ当たりや!」
いつの間にか謙也くんはアイスを食べ終わっていた。木の棒に彫られた『あたり』の文字を私に見せると嬉しそうにした。
「ほんとだ!すごい!」私も声を上げる。
「楓ちゃんは?」
「私はまだ……」
あと少し残った部分だけが頭がキンとして食べきれないでいた。アイスは暑さで溶けてしまいそうになっている。
「アカン!そのままやと溶けてしまうで。俺がもらおうか?」
私が「うん、よかったら食べて」とアイスを差しだすと、謙也くんは私に近づいた。そのまま目の前でアイスにかぶっとかぶりつく。あまりの至近距離に私は思わずどきりとする。
「うわっ残念、はずれやわー!」謙也くんが悔しそうに笑う。私はなぜだか視線を逸らしてしまった。胸の奥がなんだか急にざわついた。
「ほな今度また一緒に帰るときに、これでアイス食べて帰ろうや」
謙也くんはそう言って私に自分のアイスの棒を見せた。私はぼんやりと返事をする。熱に浮かされたような気分になり、しばらく遠くにある木漏れ日をじっと見つめていた。はっと我にかえると、なぜだか手元にあるアイスの棒くじの『はずれ』の文字が異様に気になった。大したことではないのに、なんだか胸騒ぎのような嫌な予感がした。