「ブログネタ探したいんで協力してくれませんか?」
夜、財前くんから突然電話があった。なんでも、来週の日曜日に一緒について来て欲しいところがあるらしい。
その日は特に予定もなかったため私は二つ返事でOKをした。めったに私に連絡などしてこない彼から珍しいな、と私は思う。しかも部活以外で二人きりで会うなんて今まで初めての出来事であった。
***
約束の日曜日───。
待ち合わせ場所に指定された駅前の噴水広場に行くと、先に私服姿の財前くんがスマホを見ながら待っていた。
「ごめん、待った?」
私が声を掛けると、
「俺も今来たところですわ」
と、彼は顔を上げてこちらを見た。
「ほんなら行きましょうか」
彼はそう言うと、私の手を取って歩き始めた。
その動作はあまりにも自然すぎて私は特に驚かなかった。後から考えると自分でも不思議である。彼の手はひんやりとしていて冷たかった。
木漏れ日が差し込みアスファルトを照らす。目の前には心地の良い青空が広がっていた。私は財前くんと一緒に歩いた。行き先は告げられていないので私は手を引かれるままついて行く。
「着きましたよ」
しばらくして彼はそう言うと、私の手を離した。
目の前を見るとそこには大きな一軒家のカフェがあった。
「あ、このカフェ……」
そこは偶然にも私が前から行きたいと思っていたお店のひとつであった。以前に読んだ雑誌の情報によるとメニューに和と洋の両方のスイーツを取り揃えていて、すごく人気みたいだった。店の客層のほとんどがカップルらしく、独り身の私にとってそこは『いつか彼氏ができたらデートで行ってみたいスポット』の一つであった。
まさかこの場所にいちばん最初に来たのが財前くんとだなんて……と私は思った。
「どうしました?中入りましょ」
「あ、うん」
私が返事をすると、財前くんはカフェの外観を眺めてからスマホで写真を1枚だけ撮り、私と一緒に店内へと入った。
***
「先輩の写真、ブログに載せてもええですか?」
私がお皿の上の生クリームといちごをフォークで掬って自分の口へ運ぼうとすると財前くんがおもむろにそう言った。私たちはテラス席で向かい合うように座っている。テーブルにはお互いが頼んだスイーツとドリンクが並んでいて、時折静かで爽やかな風が吹き、ドリンクの氷を揺らした。
「いいよ、でも私なんかでいいの?」
「ええですよ」
彼は淡々とそう答えると、私がケーキを食べている写真を何枚か撮影した。
「目線、もう少しこっちに向けてもらえませんか?」
言われた通り、私は彼のスマホのカメラに目を向ける。私の写真なんか載せて彼は一体どんな記事を書くつもりなのだろう。変な記事じゃなければいいけど…。私は少し不安になった。
そんな私をよそに彼は写真を一通り撮影し終わった後、スマホの画面を念入りに確認した。そして自分の注文した白玉ぜんざいの白玉をスプーンで掬い取って頬張ると「冷めてもうたわ…」と言って顔をしかめたのだった。
***
それからたわいのない会話をした後、私たちは店を出た。
「ほんなら、次行きましょか」と彼は言い、また私の手を取り歩き出す。
内心カフェだけではなかったのかと私は思ったが、彼との時間はなんとなく居心地がよかったため、そのまま何も言わずに着いて行くことにした。
なんとなく既視感がある道のりを辿ると「着きましたよ」と、また彼は言う。
そこには私がよく知っている映画館があった。一般的な映画館ではなく、少しマイナーな映画を上映しているミニシアターだ。そう、私は昔の古い映画を見るのが好きで時々ここへ一人で足を運んでいた。館内のレトロな雰囲気も気に入っている。でも彼はなぜこの場所を選んだのだろうと疑問が浮かんだ。
私が呆気に取られていると、財前くんは私に「はい、どーぞ」と小さな紙きれのようなものを手渡した。
「……これって、」
見ると、前々から私が行こうと考えていた映画の上映チケットだった。
「さ、入りますよ」
「あ」
私が何かを言う暇もなく、財前くんはさっさと館内ロビーに入る。私は慌てて後を追いかけた。
***
私たちは並んで座席に腰掛け、映画を見た。
映画は誰もが知っている有名なもので、内容は某国の王女が居場所を抜けだして新聞記者と出会い、恋に落ちるまでの1日を描いているものだった。
主演の二人が手を繋いで色々な場所を訪れるシーンに、私はなんとなく自分たちのことを重ねて思い浮かべてしまっていた。薄暗い館内でチラリと財前くんの方に目線だけを向ける。上映前に購入したコーラを飲みながら彼はスクリーンを真剣に見つめていた。さきほどのカフェ、そして映画館やチケット。偶然なのだろうか。彼は普段から何を考えているのか掴めないところがあった。一体何を考えているのだろう…。
映画の内容が途中から頭に入らず、彼のことを考えながら私はスクリーンをぼんやりとみつめていたのだった───。
映画が終わって席を立つと、財前くんは大きく伸びをしながら私の方を見て「昔の映画もなかなかオモロいっすね」と言った。
しかしすぐに「ほな行きましょうか」と、また私の手を引くのであった。私は戸惑いながらもまた彼に連れられるがままに歩いた。
***
次に到着したのはとある森林公園である。ここは比較的人が少なく、所謂穴場スポットであった。ここも私は一度は訪れてみたいと前から思っていた。大好きな読書をするのに丁度良いと思ったからだ。
「先輩、こっち」
振り向くと、ふいに財前くんがスマホをこちらに向けてまた私の写真を撮った。
もう少しあっちでも撮りませんか?と彼は指をさし、私は「あっち」と言われたその場所に促された。夕日が西の空に綺麗に見え、私たちに赤い木漏れ日が降り注ぐ。草木の匂いがした。
「財前くん、そういえばブログネタは探せたの?」
私はずっと気になっていたことを彼に尋ねた。色んな場所を巡ったがブログに載せるネタは果たしてあったのだろうか。特にこれといって目立った出来事はなかったように思えた。
「…。いや、まだっすわ。まだ他にもネタありそうやなって思って」
彼はスマホの画面を操作しながらそう言った。
そして顔を上げ、「よかったら来週も付き合って欲しいんですけど」と言った。
「うん…いいけど」
私は少し考えた末、そう返事をした。特に来週も予定はなかったからだ。