「おー、財前くん。やっと戻ってきてくれたなぁ。佐藤さん、ご苦労さん」
財前くんと私がテニスコートに向かうと、顧問の先生が第一声にそう言った。そして私に「ご褒美や」とコケシを渡した。こ、コケシ……?私は思わず目を疑う。よくわからないがそのコケシをとりあえず両手で受け取った。
「……財前、やっと戻ってきよったな」
白石くんが財前くんに近づいて苦笑する。
「……すんません」
財前くんは足元を見つめながら、少し頭を下げた。
「ホンマはいろいろ言いたいねんけどな。まぁええわ。なんにせよ、戻ってきてくれて一安心やわ」
白石くんは彼を咎めたりせず、反対に安堵していた。他の部員たちも彼が部に戻ったことを喜んでいる様子である。口々に「おかえり」の声が聴こえていた。
『おかえり楓』
その瞬間、私の頭に映像がフラッシュバックする。信頼関係。仲間。私には無縁の話だった。彼はサボっていてもこうやってちゃんと帰る居場所がある。自分はみんなと違うと言いながらも、みんなからはちゃんと必要とされている。
あ、そうだ。ふと我に返る。こんなことをしている場合ではない。今度こそマネージャーを断らなくては。そう思い、私は少し離れた場所にいる先生のところへ向かう。
「あの」
「ん?」
私が声を掛けると、先生は私の方を見た。
「私、マネージャーの話はお断りしたいんですが……」
今度こそちゃんと言えた、と思った。
「えっ、いやいやいや……アカン、それは困るわ」
慌てた素振りをして彼は言った。
「でも、私……」
「転校、するかもしれんのやろ?」
「!……あ、はい」
私を見透かしたようにして、彼は少し微笑んだ。この先生はどこまで私のことを知っているのだろう。なんだか不思議な人だと思った。
「まぁええやないか。それまでの間でもおってくれたらだいぶ助かるねんけど……どや?」
「あ、でも、正直私じゃなくてもいい気がしますけど……」
私以外にもたくさん生徒はいる。むしろ私をマネージャーにするメリットなど何ひとつないような気がした。
「いや、キミやないとアカンねん。現に俺の読み通り、財前くんも戻ってきたしな」
「……?は、はぁ」
私は瞬きした。読み通り?いったいどういう意味だろう。
「せやから、まぁ、そういうことで。よろしく頼むわ」
「で、でも……」
私はまた先生に肩を叩かれる。なんだかうまく丸め込まれてしまったような気がした。
スマホの時計を見ると、そろそろ担任との約束の時間に近づいてきた。私はとりあえず皆に挨拶して、先ほどまでいた校舎の方へ急ごうとする。
「あ、ちょっと」
後ろから引き止める声がしたので振り返ると財前くんがいた。
「名前、なんていうんですか?」
「え?名前……?」
そういえばずっと彼に名乗ってなかったことを思った。
「私は……佐藤楓」
「2年生っすか?」
「うん、財前くんは1年生?」
「そうっす」
「そっか、部活頑張ってね」
「先輩もマネージャー、一応がんばってください」
マネージャー、まだ引き受けるとは言ってないけど……と思いながら私はその場を後にした。