「え!?きのこいぬのこと説明してなかったわけ?」
こまこさんは呆れながら矢良さんの方を見た。矢良さんは「はぁー」とあからさまに大きなため息をつく。
「説明しようと思ってたらお前が現れたんだろうが」
「はぁ?なによ、私のせいって言いたいの?」
またもや二人の言い合いが勃発しそうになったが、「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」と間から仲裁が入ると、矢良さんは「はい!」と大きな声で素直に返事をした。こまこさんはそんな矢良さんの態度にやれやれといったような素振りをする。
「すみません。あの、私が驚かせてしまったみたいで……」
私は二人を仲裁してくれた男性────夕闇ほたる先生────に謝罪すると夕闇先生は「こちらこそ、急にきのこいぬが出て行ってびっくりさせてしまってすみません」とすまなさそうにした。
私たちは夕闇先生のお宅に上がらせてもらい、居間の中央にあるテーブルに囲み合って座っている。
先ほど玄関で私が見たのはやはり絵本に出てくるあの『きのこいぬ』のようであった。少しお話を聞かせてもらったが夕闇先生がきのこいぬの飼い主であるらしい。初めてきのこいぬと出会った私は驚いて思わず声を上げてしまい、そんな私の様子にきのこいぬもびっくりしてそのまま部屋の奥へと引っ込んでしまったようだ。
「先生!改めて紹介します。こちらは研究所に新しく入った佐藤です。オレの研究の助手をしてもらうことになりまして、これからなにかとお世話になることがあるかと」
隣に座っている矢良さんが夕闇先生に私を紹介する。夕闇先生と話すときの矢良さんは気のせいかとても嬉々としていた。
「佐藤です。よろしくお願いします」
「あ、そういえば自己紹介まだだったね。夕闇です。佐藤さんは矢良くんと同じ研究所の方なんですね」
「はい。アルバイトで、今日からお世話になってます」
夕闇先生は物腰が柔らかそうで落ち着きがある人だった。ここに向かうまでどんな人なのかわからなくて少し緊張していたが、優しそうな人でほっとした。
「あーあと、ほたる、あんたのファンなんだって」
こまこさんがひとこと付け加える。意図しないタイミングだったのでほっとしたのも束の間、私は一気に緊張した。
「は、はい!そうなんです。あの、私、先生の絵本の『きのこいぬ』が大好きでして……!」
私が「大好き」という言葉を発したタイミングで、ガサっと襖の戸から物音がした。皆の視線が一斉に集中する。よく見ると開いている襖の影からきのこいぬがじっとこちらを覗いていた。「あ……」と私が気づくと、きのこいぬはトコトコと居間へと入り、私のすぐそばまでやって来る。きのこの形をした耳、ぽてっとした体、その小さな瞳が私のことをまじまじと見つめた。
「きのこいぬ……」
近くで見るとその姿は不思議だった。私もきのこいぬをじっと見つめる。本当にあの絵本のきのこいぬが現実にいるんだ……。とても愛らしい姿に私は思わずにっこりと微笑んだ。
「よかったなきのこいぬ。お前のことが好きなんだってさ」
夕闇先生がきのこいぬに優しい表情を向ける。きのこいぬは私をしばらく見つめ続けたあとにニコッと笑った。私は胸の奥がきゅんとして頭の中が一瞬ふわふわとする。
「じゃあ私らはちょっと仕事の話があるからさ、その間、楓達はきのこいぬと遊んでてくれる?」
こまこさんは軽く微笑むとそう言った。私は我に返り「……あ、はい!わかりました」と返事をする。
「じゃあよろしく……って矢良、あんたもよ!」
夕闇先生とこまこさんが部屋を移動しようとしている先にこっそり着いて行こうとしている矢良さんがいた。矢良さんは「くっ、ばれたか」と仕方なく諦めようとしていたが、二人が向こうへ行った後に「あいつ、まさか仕事と言いつつ本当はほたる先生とふたりっきりになりたいだけなんじゃ……」と、また二人が移動した部屋の方へ忍び寄ろうとしていた。
「や、矢良さん!?だめですよ、お仕事の邪魔しちゃ」
私は慌てて立ち上がる。ふと足元を見ると、いつの間にかきのこいぬが矢良さんの前に立ちふさがっていた。そして「だめだ」と言わんばかりに首を横に振る。
「きのこいぬもこう言ってますし」
矢良さんをなだめると、ため息をついて落ち着き、しぶしぶと居間に腰を下ろした。