「星鳩公園……たしかここだったはず」
────日曜日。午後二時。外は気持ちの良い青空が広がっている。
私はこの間の夜の出来事が忘れられなくて、再びあの公園へ行ってみようと思った。スマホの地図アプリで場所を探しながら歩いてみる。
「あ、ここだ……」
目的の公園には意外とすぐにたどり着いた。明るい場所で改めて公園全体を見ると思ったよりも広々としている。今日は休日なので子供や家族連れが多いようでにぎやかである。
(家の近所にこんなところがあったなんて)
今まで会社と自宅の往復ばかりで近所を散策などしたこともなかった。あんな素敵なきのこが生えている場所があるなんて、もっと早く知りたかった。
公園の遊具で遊ぶ子供たちの間を通り過ぎて、その奥にある森へと入った。森の中は公園に比べると人はほとんどいないようだった。
(あの人と出会った場所ってどこだったかな)
私はあの時に出会ったメガネをかけた男性のことを思い浮かべていた。あれからずっとあの人のことがなぜか気になっていた。もしかしたら会えないかなと思い、この場所をまた訪れてみようと思ったのである。
あの日の夜のことを思い出す。暗闇の中で光るきのこがすごくきれいで、疲れきっていた心が一気に癒された。もしまたあの人に会ったら、あの時のお礼を改めて言いたかった。
(でも、きっといないよね……)
少しの期待をしつつ、森の中をずんずんと進んで行くと、急に木々に囲まれた開けた場所に出た。確かこのあたりじゃなかっただろうか。
「ん?あなたは……?」
聞き覚えのある声がしてはっとした。振り向くとやはりあのメガネの男性がいた。私はどきりとする。
「あっ、あの、こんにちは!」
挨拶をすると男性は「どうも」と少し頬を緩めた。
「あの、この間は本当にありがとうございました……!道に迷っていたので本当に助かりました」
「ああ、いえいえ。あのあとは無事にご自宅まで帰れましたか?遅い時間だったので少し心配だったのですが……」
「ありがとうございます。あの後はおかげで家にちゃんと帰れました」
「そうですか。それは安心しました」
「あの時の光るきのこ、とても幻想的で絵本みたいで本当に素敵でした。教えて下さってありがとうございます」
「それはそれは。気に入って頂けたならよかったです」
男性はそう言って少し微笑んだ。明るい場所で改めて男性を見るとメガネの奥の瞳が見えず、目が笑っているのかどうなのか表情がわからない。ただその雰囲気からして優しそうな感じは伝わってきた。
「あの、今日もきのこのお仕事ですか?」
「はい。あ、でもこれはオレの趣味みたいなものです。この間も仕事というわけではなく、オレが個人的にきのこを観察したかっただけなので」
私は驚いた。お仕事以外でも趣味できのこの観察をしているだなんてよほどきのこの事が好きなのだろう。研究所の職員さんなのだから当然かもしれないが、私のようにあまり好きでもない分野の仕事をしている者からするとなんだかとても羨ましかった。
「あの……気になってたことがあるんですが」
男性は少し躊躇った素振りをして口を開いた。
「あなたはどうしてあの日の夜ここにいたんですか?」
「え?」
「こんなことを言っては大変失礼かもしれませんが、あの時泣いていませんでしたか?」
「!」
「もしかしてこの森でなにかあったのではないかと……」
泣いていたことに気づかれていたんだと、私は恥ずかしくなり顔が熱くなった。
「す、すみません。個人的なことで泣いていたのでこの森で何かあったというわけではありません。あと、ここにいたのは仕事のことを考えて歩いていたら、いつの間にかこの場所にたどり着いてしまって……」
話しながら自分でも本当に周りが見えていないなと深く反省した。
「ほぅ……随分とお仕事熱心なんですね」
男性はメガネをくいっと上げる。
「いえ、その逆です。大変な役回りのお仕事ばかりがなぜか私に任されていまして、色々な仕事のことがずっと頭の中を離れなくて……。あの日も作業がなかなか終わらなくて、手伝ってくれる人や相談できる人もおらず、最後まで他の人の業務の片付けをしていました。そしたら帰るのがあんなに遅くなってしまって……」
「……」
「本当に毎日仕事に追われてまして……もう辞めてしまいたいと何度も思ってるんですが……」
男性は黙って聞いていた。仕事の愚痴なんてきっと呆れているに違いない。こんな話するんじゃなかった。
「ごめんなさい。こんな話聞かせてしまって。今の忘れてくださ……」
「なるほど。ではオレと一緒に働くというのはどうでしょう?」
「……はい?」
私は耳を疑った。
「今ちょうど人手に困っていまして」
男性は私の反応などお構いなしでスマホを取り出して操作する。そして画面を私に見せた。
「きのこ研究所、研究者補助、募集中……」
私は画面に映っているネット求人の文章を読み上げる。
「今研究の補助をしてくれる方を募集してまして。ただ、なかなか応募がなくて困っていたんです」
「は、はぁ……」
「あなたみたいに責任感のある方なら大歓迎ですよ!もちろん職場環境も今お勤めされてる所よりは断然いいと思います!」
「えっと……あの……?」
「ささっ、詳しい条件などお話ししましょうか。今お時間ありますか?あ、申し遅れました。オレは矢良といいます」
なんだか完全に相手のペースだ。私は流されるように矢良さんにきのこ研究所へと案内された。