「楓ちゃん、お願いがあるねん。これやねんけど」
ある日の午後。部室に着くなり白石くんからメモが手渡された。メモに目を通すとそこには色々な物の名前がズラリと箇条書きされている。
「悪いねんけど、スーパーまで買い出し行ってもらってもええやろか?」
「うん、大丈夫だよ」
私は頷くと改めて手元のメモを見た。メモは二枚ある。買う物はまぁまぁ多いようだ。
「楓ちゃん一人では無理そうやな。誰かに荷物持ち手伝ってもらおうか。ほんなら…….財前」
「何か用っすか?」
白石くんが指名すると、すぐそこにいた財前くんが振り向く。白石くんが説明すると財前くんは「はぁ。まぁ、いいですけど」と、いつものように覇気のない返事をした。
「えー財前らどこ行くん?ワイも行きたいー!」
突然大声が室内に響き渡り、思わず声の方に目をやる。金ちゃんが目を輝かせながらこちらを見ていた。
「金ちゃん、遊びに行くんとちゃうで。やめときや」
白石くんが困ったような顔をして言うと、金ちゃんは小さな子供のようにして駄々をこね始めた。
「いややー!ワイも行くー!なぁなぁワイも連れてってやー、なぁ楓ー!」
「うーん…」
私は少し考えた後に「じゃあ、金ちゃんも一緒に行こっか」と彼に微笑んだ。途端に彼の表情がパアッと明るくなる。すぐ隣では財前くんのため息が聞こえてきた。
「よっしゃー!たこ焼き食べに行くでー!」
「え!?たこ焼きはちょっと……」
「はぁ。遠山、マジで大人しくしといてや」
「たこ焼きや、たこ焼きやー!」
金ちゃんは人の話をあまり聞いていない。隣では財前くんが再びため息をついている。私は少し心配になってきた。
「楓ちゃんほんまにええん?ほな金ちゃんのことお願いするで。金ちゃん、ちょっとこっち」
白石くんは金ちゃんを自分の近くに呼ぶと、同じ目線の高さにかがむ。そして「いいか?二人に迷惑かけたらあかんで。それから買い物の時はな…」と、話し始めた。内容は途中からあまり聞き取れなかったが、白石くんのその姿はまるで自分の我が子を心配するお父さんのようであった。
金ちゃんは「はぁい」と素直に聞いている時もあれば「え?…わ、わかった」と何かに怯えるようにして返事することもあった。
***
「なぁ楓ー、まだ着かへんのー?」
「あともうちょっとで着くよー」
「えー、もうちょっとってどのくらいー?」
「あいたた…金ちゃん、引っ張りすぎだよ」
私たちは道路沿いの歩道を歩く。学校からスーパーマーケットまでの道のりは少し距離があり、金ちゃんは途中から歩くのにすっかり飽きてしまっていた。さっきから私の手を引っ張ってはブンブンと振り回し、文句を垂れている。
「遠山。ホンマ子供やと思われるからやめときや」
財前くんは私たちの後ろについて歩いていた。時折金ちゃんの行動に対して注意したり、ため息をついている。
「なんや、財前もワイと手繋ぎたいんかー?」
「はぁ?」
「ほんならワイと楓が一緒に手繋いだる!真ん中入りやー!」
「なんでそうなるねん。いらんわ」
「はは…」
金ちゃんと財前くんとのテンションの大幅な差に私は苦笑する。
思ったことを口にする金ちゃんと、どこか冷めている財前くん。二人は全くの正反対であった。
「って、うわぁっ!」
「アホ。前見とかんと転ぶで」
金ちゃんが足を躓かせて転びそうになった所を財前くんが後ろから支える。財前くんはなんだかんだ言いながらも金ちゃんに対しては、意外と面倒見が良さそうだった。
まるで兄弟みたいだな…。
私は二人の姿を見ているとなんだか微笑ましくなり、心がほっこりと和んだのである。
ようやくスーパーにたどり着いて、私たちは中へと入る。食料品の他にも衣類や雑貨などが置いてある総合スーパーだ。私も何度か訪れたことがある。
「そしたら手分けして探したほうが早いですから、俺はあっち行ってますわ」
「え?う、うん」
財前くんは私が持っていたメモの一枚を手に取ると、あっという間にスーパーの奥へと行ってしまった。
「あれ?財前どこいったん?」
財前くんがいないことに気づいた金ちゃんは辺りを見渡す。
「買うものがいっぱいあるから別行動で探すんだよ」と私が言うと金ちゃんは「ふーん、そうなんや」とどこか不服そうにしていた。
私たちも買い物カゴを台車に乗せ、財前くんとは別の食料品売り場をめぐる。しかし金ちゃんが色々な商品に目移りしてしまい、その度に買い物がストップしてしまった。
「なんやこれ!ごっつうまそーやん」
「あ、だめだよ触ったら」
「そういえば財前どこおるんやろ?ワイらと一緒におったらええのになー」
彼は財前くんを探すかのようにまたきょろきょろと見回す。すると、彼は急に何か言いたげな顔をしてこちらを向いた。
「ワイ知ってんねんー、財前のこと」
「?」
「ほんまはな、一緒にいたいー、話したいー、って言いたいねん。けどそれを言うのがへたくそやねんてー。前に白石が言うとった」
「……」
意外すぎる言葉にどう返していいのかわからず、私は黙っていた。
本当にそうなのかな…?
確かに財前くんはみんなと少し距離を置いている所があった。彼はいつもどこか一歩退いた目線で周りを見ている。しかし本音ではそんなことを思っているのかというと私は疑問に思った。
「あとなー、ワイもう一個知ってるねん」
「うん?」
私が首をひねると、金ちゃんは私の顔をじぃっと見つめてこう言った。
「財前はなー、楓のことが好きやねんて」
「えっ!」
私は驚いて目を見開いた。金ちゃんは構わずに続ける。
「けどこれは絶対誰にも言ったらアカンって、白石が……」
「…………」
「あれ?ワイ、もしかして今言うてしもうた…?」
「……うん」
金ちゃんは丸くて大きい目をパチパチとし、こちらを見て固まっている。私はそんな金ちゃんの様子がおかしくて笑ってしまった。
「たぶん、何かの勘違いだよ」
財前くんが私のことを好きだなんて、きっと何か誤解をしている。私は財前くんとはあまり話をしたことがない。さっきも彼は私というよりほとんど金ちゃんと喋っていた。それにたとえ会話をしたとしても、いつも二言三言で終了してしまうのだ。彼はいつも面倒そうにしているので、私からもあまり彼に声を掛けたことはなかった。
「勘違いとちゃうでー!だって財前はな…」
「はぁ。俺がどないしたって?」
「え?あ!」
声がして振り向くと財前くんが腕組みをして立っていた。財前くんは私たちの買い物カゴに目をやると呆れた顔をしている。彼が持っていたカゴの中身は既にいっぱいになっていた。
「遠山、また邪魔しとったんやろ」
「へ?」
「佐藤先輩も。遠山の相手しとったら日ぃ暮れますよ」
「えっ…ああ、うん」
私は少し返事がぎこちなくなってしまう。財前くんは首をかしげると私から視線を逸らした。私は金ちゃんの先ほどの言葉が気になるがあまり意識しないでおこうと思った。財前くんとそのまま合流し、私たちは再び買い物を続ける。一通りメモに書いてあるものが集まると、レジでお会計を済ませて、外に出た。
「あっ!たこ焼きやー!!」
金ちゃんは片手に持った買い物袋を振り回しながら、スーパーのすぐ隣にあるお目当ての屋台に駆け寄った。
「楓ー!たこ焼き買おーやー!」
「うん。じゃあみんなの分も買って帰ろっか」
「よっしゃー!」
私はみんなの分のたこ焼きを購入する。実は白石くんがこんなこともあろうかとお金を余分に渡してくれていたのだ。
「──なぁなぁー、まだー?食べよーやー!」
私たちは買い物袋を提げ、今通って来た道を再び戻り始めた。金ちゃんは先ほどから今すぐたこ焼きを食べたいと言い張り聞かない。仕方なく私は彼の分のたこ焼きが入った箱を差し出すと、彼は急いで開封し、一心不乱に爪楊枝で丸いものに突き刺すと歩きながらそれをもぐもぐと口に頬張った。
「行儀わる。危ないで」
「財前もたこやき食べよーやー!」
「はぁ、なんで今食べんねん。ってか袋、落ちるやろ」
財前くんはそう言うと金ちゃんの腕からずり落ちそうになっている買い物袋を持ってあげていた。私はその様子を見るとまた心が和み、思わず顔が綻ぶ。
「ふふっ」
「?……なんすか?」
財前くんが私の様子に気づき、こちらを見た。
「あ、ごめん。なんか今日の財前くん、金ちゃんのお兄ちゃんみたいだなーと思って」
「……」
「ほっこりしちゃって…つい」
私が微笑むと彼は視線を逸らした。私は首をかしげる。
「財前くんって意外と面倒見いいんだね」
「意外と、ってどういう意味っすか」
「なんかそんなイメージなかったから」
「はぁ。俺、どんなイメージやったんすか」
「なんだろ…冷めてるっていうか」
「うっわ、まぁまぁ直球っすね。普通に傷つきましたわ」
「えっ」
「冗談です」
そう言うと財前くんは私を見て少し笑った。私は彼が笑うのを初めて見たので思わず驚いてしまう。急に胸の奥がドキッとした。
「ってかそれ言うんやったら遠山と佐藤先輩も姉弟みたいっすよ」
「え、本当?」
「だいぶ振り回されてるって感じですけど」
「それは財前くんだってそうだよ」
私たちはお互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「……なんやー?ふたりとも、急に仲良うなってるやん」
ふと気づいて隣に目を移すと、あれほど騒がしかった金ちゃんが急に大人しくなっていた。金ちゃんの手元を見ると、箱の中身は既に空っぽだった。
「白石が心配しとった意味なかったなー」
「は?」
「え、白石くん?」
私たちがきょとんとすると金ちゃんはハッとなって慌てだした。
「あっ、いや……なんでもないで。ワイはなんも知らんから!」
金ちゃんは静かになって俯くと「ふたりの…、じゃましたら…、どくしゅ…」と何かの呪文のようにブツブツ呟いていた。しばらくすると「あ、そや。楓ー!」と何かを思い出したように私を呼ぶと、こっそりと耳打ちする。
「楓は気づいてへんかもしれんけどなー、財前、今日ずーっと楓のことばっかり見て気にしてるねんでー」
「えっ!」
「ってか今日だけやなくてずーっとずーっと前からやけど」
「………」
「せやから勘違いと違うからなー」
言い終わると金ちゃんは私の顔を見て、へへっと笑った。
「何してるんですか、置いていきますよ」
「あ、待って」
いつの間にか先を行っていた財前くんに呼ばれて、私たちは彼の方へ足を早める。
『ほんまはな、一緒にいたいー、話したいー、って言いたいねん。けどそれを言うのがへたくそやねんてー』
「………」
私はスーパーで金ちゃんに言われた言葉をふと思い出す。自分の顔に熱が上がるのを感じた。この日をきっかけに私と財前くんはよく会話をするようになったのだった。このあと私たちが付き合うこととなったのはもう少し先の話である────。