人生最大のモテ期3(財前)(完)

自宅から外に出ると辺りはもう真っ暗だった。私はしぶしぶ公園に向かうことにする。こんな時間に財前くんは私に一体何の用があるのだろう。

「まさか……」

私は嫌な予感がした。しかし彼に限ってそれは多分あり得ないだろう。

財前くんは私の一つ歳下の後輩で、テニス部で知り合った。彼はマネージャーの私のことを完全に自分のパシリか何かだと勘違いしている。

彼は部活中、私のことをいつも蔑んだような目で見てくると、あれやこれやと命令してくるのだ。

この間は部活と関係のない白玉ぜんざいを早急に買ってくるように言われ、泣く泣くコンビニまで走らされた。彼に逆らうのが怖くて、私はつい「いうこと」を聞いてしまう。私の方が先輩なのに完全になめられきっていた。

そんな彼から告白される可能性などおそらくゼロだろう。私は胸を撫で下ろした。

「──遅いです。何してたんですか?」

急ぎ足で来たのにも関わらず、公園に着くなり彼から文句を言われた。

「ご、ごめん。普通に急いで来たんだけど……。で、用ってなに?」
「…………」

彼と向かい合い、私が尋ねると彼は急に黙りだした。

「……?財前くん?」
「単刀直入に言いますけど」
「う、うん?」

彼はじっと私のことを見た。

「俺と付き合うてください」
「…………」
「あ、驚いたとかそういうリアクションはいらないんで。あと、返事はハイでお願いします。それ以外は受付ませんから」
「…………」

私の口がぽかんと開く。目の前にいる彼を穴が開くほど凝視した。

「せやからそういうリアクション、いらんって言ってるでしょ」
「……え、でも」
「それで、返事は?」
「…………」

予想外だった。私は彼のパシリであってそれ以上でもそれ以下でもなかったはず。それなのになぜ。まさか……

「財前くん、ひょっとして……」
「……」
「ペット、飼ってる?」
「は?」

彼は眉をひそめた。

「やっぱり、ペット飼ってるんでしょ……」

私の目に涙が滲んでくる。本日これで三人目だ。次は一体何の生物だろう。もうなんだっていい。私はどうせ人間として見られていないんだ。思わず両手で目を覆う。

「……なんなんですか、ペットって」
「…………」
「飼ってませんけど」
「え!?」

私は驚いて彼の方を見た。財前くんがペットを飼っていない?だとしたら一体どういうこと……。

「本当に飼ってないの?」
「いや、だから飼ってないですって」
「なんで?どういうこと?」
「いや、こっちが聞きたいですわ」

財前くんは怪訝そうな顔をしながら「てか、今の俺の話とペット飼ってるのと、何か関係あるんですか?」と言った。私は目を見開く。

「え、じゃあ財前くんは私のことを人間だと思って告白したの?」
「はぁ?頭おかしなったんですか?」
「………」
「それ以外に何かあります?」

財前くんはため息をついてすっかり呆れ返っていた。私はそれとは対照的にだんだんと嬉しい気持ちが込み上げてくる。

「よかった…」
「……」
「私、カブトムシでもイグアナでもなかったんだ」

ホッとしながら私は目の前にいる財前くんをみつめる。彼は目線を逸らして「もしかして白石部長とケンヤさんのことですか?」と言った。

「告白、されたんですか?」
「え、なんで知ってるの?」
「いや、あの二人ずっと前から先輩のことそんな目で見てましたから」
「………」

そんな目って……。
全く気づかなかった。一体いつからだろう。しかしあまり考えたくないと思った。

「で、どうするんです?」
「え?」

彼がこちらを見る。私は我に返った。

「まさかあの二人のどっちかと付き合うんとちゃいますよね?」
「ええっと…」

彼の目が急に鋭くなったので私は思わず後退りする。

「付き合うとか言ったら、どうなるかわかってます……?」

彼は私との距離を一歩ずつ詰めていくと、私の腕をぐいっと掴んでそのまま自分の方へと引き寄せた。心臓がドキッと大きな音を立てる。私は彼の腕の中へと抱き締められた。

「先輩は俺のもんです」
「……」
「これからも俺のいうこと、聞いてもらいますから」

彼は私の耳元でそう言うと、私を抱き締める腕によりいっそう力を込めた。

「……」

俺の「いうこと」をきいてもらう……ってつまり私はまたパシリに使われるってこと?私は血の気が引いた。彼と付き合ったらパシリどころか一体何を命令されるのかわからない。

「あの……」
「………」

しかし彼の様子がいつもと違っていることに気がつき、私は少し戸惑う。彼は私のことを強く抱き締めたまま、その腕を離そうとしない。私は彼に抱かれたままその場に立ち尽くした。お互い何も話さずにただずっと黙り続けていた。暗闇の中の公園がやけに静かに感じた。

どのくらい時間が経ったのだろう。しばらくして何事もなかったかのように彼とは別れた。

財前くんどうしたんだろう…いつもと違うかったな…。

私はとぼとぼと一人で歩き、帰宅する。そして自室の布団に入るとぼんやりしながら今日一日の出来事を振り返る。

今日はなんて一日だったんだろう。まさか三人から告白されてしまうだなんて。こんなことは人生で多分もう二度とない。

白石くんからはペットのカブトムシに似ているから好きだと言われた。
同じく謙也くんからもペットのイグアナに似ているから幸せにすると言われた。
財前くんだけが私のことを唯一、ひとりの人間として見てくれたがその真相はよくわからなかった。ただ、少し何かがひっかかる。

「うーん…」

明日彼らに返事をしなければならない。私はどうすればいいのか分からずに頭を抱えた。悩みに悩み抜いた結果、ある一つの答えにたどりつく。

「うん、そうだ。やっぱり私は……」

私は決意する。

そしてとうとう翌日となった────。