後ろを振り向くと謙也くんが笑顔をこちらに向けていた。彼の屈託のないその表情を見ると私は少しほっとする。
「うん。謙也くんも今帰り?」
「そうやで。途中まで一緒に帰れへん?」
「いいよ、帰ろう」
謙也くんは同じクラスで私の唯一の友人と呼べる存在だった。彼は人見知りの私にもいつも明るく気さくに話しかけてくれる。私にはそれがとてもありがたく、救いでもあった。
「どうしたん?楓ちゃん、なんかいつもより元気ない気するけど」
「え、そ、そう?」
白石くんの告白がまだ私の頭の中をぐるぐるとしている。私はさっきのことを思い切って彼に話してしまおうかと考えた。告白を人に話すというのは少し慎重にはなるが、彼になら大丈夫だ。それにその理由が理由である。きっと彼なら笑い飛ばしてくれるに違いないと思ったのだ。
「あのね、実は……」
私は先ほどあった白石くんとの出来事を謙也くんに話す。すると彼は急に神妙な顔つきになって黙りこんだ。
あ、あれ?思ってた反応と違う……。
彼の予想外の反応に戸惑った。彼のことだからてっきり「カブリエルに似てるってなんやねんそれ!おもろいやん!」とか言ってくれると思っていたのに。
「あ、あの、謙也くん?」
「白石のやつ……そうやったんか」
彼は目を伏せて静かにそう呟く。
え、そうやったんかって何。
私はいつもと違う謙也くんの様子をおそるおそる眺める。すると突然彼は何かを思い立ったようにバッと顔を上げると、私を真剣な眼差しで見つめた。そして私の肩をがしっと両手で掴む。
「楓ちゃん!」
「え!は、はい?」
急に名前を呼ばれてビクッとする。彼から物凄い気迫が伝わってきて私はたじろいでしまう。
「頼む!俺と付き合うてくれ!」
勢いよくそう叫ぶと謙也くんは私の肩をそのまま自分に引き寄せ、私をぎゅっと抱きしめた。
「え!?」
驚きのあまり、頭が真っ白になる。
「白石には悪いんやけど、俺のほうが前からずっと思ってたんや」
「……け、謙也くん」
「俺は楓ちゃんのこと……」
「…………」
私の心臓が早鐘を打つ。
「ずっと、飼うてるイグアナに似てるて思うてたんや!!!!」
彼はそう言うと私を抱く腕に、更に力を強く込めた。
「この抱き心地……。やっぱりそうや、俺の予想どおりや!」
「…………」
「このフィット感……似てるどころの騒ぎと違う。アカン、ほんまもんや!」
彼は私を抱きしめながら、その感触を確かめるように手に何度もぎゅうっと力を込める。そしてさも愛おしそうに私の頬に頬擦りした。私はどうしていいかわからずに謙也くんの肩越しから遠くの空を見つめる。
これは夢……?
白石くんに引き続き、謙也くんまでも……。しかも今度はイグアナだ。私はだんだんと頭痛がしてきた。
「謙也くん……あの…」
「え?あ、ああ」
謙也くんは我に返ると、私の背中に回した腕を解放する。そして少し照れ臭そうにした。
「スマン、つい興奮してもうたわ」
「…………」
「あまりにも抱っこしたときの抱き心地が似てるもんやから」
イグアナと人間の抱き心地が似てるというのはかなり無理があるような気がした。それは謙也くんの肌感覚がおかしいのか、私が人間ではないのかのどちらかだった。
「イグアナに似てるっていうのは冗談だよね?ね?」
私は泣きそうになりながら彼に訴えた。
カブトムシの次はイグアナ。私はこれまでなんの疑問も持たず自分のことを人間だと思って生きてきた。しかしそれは勘違いだったのだろうか。
「冗談とちゃう。楓ちゃんは紛れもなくイグアナに似てる……いや、イグアナや!」
謙也くんは私の言葉をバッサリと否定する。
「そのつぶらな瞳も前からずっと似てる思うてたんや」
「つぶらな、瞳……」
「ホンマ、めっちゃ可愛ええわ」
「!」
謙也くんは私の目を熱い瞳で見つめて、私の頭をよしよしと撫でる。友人の彼にこんなことをされて私は恥ずかしい気分になり顔が熱くなった。普通ならこういう言葉を言われたら嬉しいと思うはずだ。しかし私は複雑な心境だった。その言葉は私というより彼自身のペットに向けられている気がしてならなかった。
「俺の方が白石より楓ちゃんのこと幸せにしたるで、絶対に」
彼は私の頭をよしよし撫でるのをやめると、突然真顔になる。
まるでプロポーズでもされているかのような台詞だった。
「俺と付き合うたら、白石の家よりも温度管理もバッチリやし、寒さも十分凌げるで」
「………」
謙也くんは完全に私のことを飼う気でいた。
「せやから明日、また付き合うかどうかの返事くれへん?」
「明日……うん、わかった」
私は目が虚ろになりながら返事をする。そして彼と別れた後、フラフラしながらなんとか自宅に到着する。
一体なにが起きてるんだ。まさか続けざまに二人から自分のペットに似ているから好きだと告白されるなんて。私は今モテているのか?いや、これはモテているとはまた違う。勘違いしてはいけない。
ベッドで横になりながら私は先ほどの謙也くんの告白を思い出す。頭の中には影がチラつくどころかそこにはイグアナの姿があった。そして私が彼に飼われている未来の姿も……。
「……はぁ、寝よう」
寝てしまえば全部夢だった、とかそういうオチにならないかと思い、私は少し早いが眠ることにした。
〜♫
少しの間うとうととしていると、すぐ耳元で音楽が鳴り、私の意識が現実に引き戻される。
「ん……だれ?」
ぼんやりしながら自分のスマホを手に取ると、そこには「財前光」という文字があって私は恐怖した。
「!!!!」
見なかったことにしよう。私はスマホを置くと、また眠ろうとした。しかし着信が鳴り止む気配はない。私は仕方なく電話に出ることにした。
「もしもし……」
「は?おっそ、先輩もしかして今シカトしようとしてました?」
「ま、まさか」
完全にバレてると思った。
スマホのスピーカーから機嫌の悪そうな彼の声が聞こえてくる。
「じゃ、今すぐ公園まで来てください。あ、遅れたらまた奢ってもらいますから。早よさっさと来てください」
(つづく)