謀は密なるを貴ぶ2(完)

※財前くんがヤンデレっぽい性格のため苦手な方はご注意ください。
※お話の作りが言葉足らずでよくわからない部分があるかと思います。なんでも許せる方のみお進みください。

──数日後。

私は財前くんから屋上に呼び出される。
彼から切り出された話は「もう少しだけ彼女のフリを続けて欲しい」というものだった。財前くんとはここ数日間連絡は取り合っていたがお互い顔は合わせていない。そのためかどうやら『例のあの子』から私が彼女のフリをしているんじゃないかと疑われているらしい。あの子を諦めさせるために再び自分に協力して欲しい、と彼は表情ひとつ変えずにそう伝える。彼は私たちが噂になっていることについては特に何も触れてはこなかった。

財前くんが困っているのを知って見過ごすわけにはいかない。私には以前に彼に助けてもらった恩がある。

今から約一ヶ月前。
部活の練習試合が始まる前に師範からとある本を手渡される。大事なものなので試合中預かって欲しいとのことだ。私はそれを誰の目にも届かない特別な場所に保管していたが、気がつくとどうしてかそれ消えてしまっていたのだった。それを一緒に探してくれたのが財前くんである。彼があの時に探し当ててくれなかったらと思うと未だに冷や汗をかきそうになる。その借りを私はずっと返したいと思っていたのだ。

私は彼のお願いを了承する。私たちの噂が広まった日、財前くんから連絡でこの件は口止めされていたため周りには本当のことは明かしていない。
私は再び財前くんの彼女のフリをすることになった。

私たちは学校がある日はお互いなるべく行動を共にするようにした。

お昼休みになると手を繋いで中庭に行き、私が作ったお弁当を二人で食べた。そして放課後や部活終わりになると、また手を繋いで帰り道を一緒に帰る。毎日顔を合わせているせいか自然とお互いのことも理解してくる。私は彼の好きな音楽に詳しくなった。CDを貸してもらったり、彼が書いているブログのことや家族についてなど彼のあらゆることを知っていく。他には彼のほんの些細な癖や意外と優しい一面を発見したりもした。あと、今まで気づかなかったが私たちはどこか雰囲気が似ているようである。彼との仲は徐々に深まっていき、一か月が経過した。私はいつしか彼氏ができたらこんな感じなのかな、となんとなく思うようになる。最初に感じていた罪悪感などはすっかり薄れてしまっていたのだった──。

*︎**

──それから数日経った放課後。

「ホンマいっつも助かってるわ。ありがとうな」
「ううん、白石くんもお疲れ様」

部活が終わると私は部長の白石くんと居残り、部室の後片付けや書類の整理をする。私は日誌の今日の日付のページをめくるとペンを走らせようとした。

「そういえば財前、待たしてるんちゃうん?」
「あ、ううん大丈夫だよ」

顔を上げて彼の方を見る。彼はラケットのガットが緩んでいないかチェックしていた。

「ホンマふたり仲ええな。俺、前からお似合いやと思うててん。だから付き合うたって聞いた時、正直嬉しかったわ」
「あ、ありがとう……」

彼はにこやかな表情で私にそう言う。白石くんが私たちのことをそんな風に思っていてくれていただなんて少し意外だった。

すると彼は「そういえば前…」とおもむろに口を開く。
そして「財前の様子がいつもと微妙に違う時があってな…」と話し始めた。

「悩み事でもあるんかって聞いても、答えへんからちょっといろんな質問してみてん。そしたらある子のことで大変な思いしてるってわかってな」

ある子、と聞いて私は例の財前くんに付き纏っている女の子の顔がすぐに頭に浮かんだ。

「なんや、言うても全然わかってもらわれへんらしくて。ほんで数日経った後にあれからどないしたんやって聞いたら、あることを思いついたからもうええです、って言われたんや」
「………」
「思いついたとかようわからんけど、楓ちゃんと付き合って財前も安心したんちゃうやろか、な?」

白石くんが言っている「財前くんが思いついたあること」というのは私が彼女のフリをするという策のことだろう。内容自体は知らないみたいだったが財前くんは白石くんにあの子のことを話していたんだと思い私は少し驚いた。白石くんがそのことを知っているのなら私たちは彼には嘘をつかなくてもいいのではないだろうか。

私は白石くんの方を見る。彼は「ほんまによかったわ」とこちらを見て微笑んでいた。

*︎**

それからさらに一ヶ月が過ぎた──。
雨の日の放課後。梅雨入りして辺りは暗くなっていた。
私はすっかり彼女のフリをすることにも慣れてしまっていて、気がつくと私と財前くんはいつの間にか下の名前で呼び合う間柄になっていた。

「佐藤、ちょっといい?」

私が廊下を歩いていると急に別のクラスの男子に呼び止められる。足を止めると「佐藤って財前って二年と付き合うてるんやんな?」と唐突に聞かれた。

「うん、そうだけど」

私は嘘をついているという意識はすっかり消え去ってしまっていたので平然とそう返した。すると彼はため息をつく。

「やっぱりそうか。いやな、四組の男子がお前のこと好きやねんて。けど、彼氏おるんやったら仕方ないな…」彼はそう言い終えると「じゃあ」と向こうへ走り去って行ってしまった。

「楓先輩」

後ろからふと聞き慣れた声がして振り返る。光くんだった。

「なんかあったんですか?」
「え、ああ…別に。大したことじゃないよ」

私はすぐに誤魔化したが光くんに「相変わらず嘘が下手くそやな、隠してるのバレバレですよ」と笑われた。経験はないが浮気がバレた時の気まずさとはこういうものなのだろうか、と私はなんとなく想像する。

私は観念して「実は…」と今あったことを正直に話す。すると彼は少し黙った後にこう切り出したのだった。

「そしたらもう彼女のフリは終わりにしましょうか」

それはあまりにもあっさりとしていたため、自分の耳を疑った。

「え…終わりって…」
「先輩このままずっと俺とおったら、彼氏出来るもんも出来なくなりますから」

続けて彼は「それにやっと最近諦めてくれたみたいなんで」と私から目線を外しながらそう言う。例のあの子のことだ。

私は何かを言おうとするが言葉が出てこない。

「楓先輩、今まで他の人と仲良くなられへんくて嫌やったんちゃいます?これからは気にせんと自由にしてくださいね」
「………」

嫌じゃない、と咄嗟に否定したかったが、嫌じゃないということは一体なんなのだと思い、私は言葉を飲み込んだ。

「協力してくれてホンマにありがとうございました」

光くんは私にお礼を言うとその場から立ち去った。彼の後ろ姿が小さくなる。

どうやら私は勘違いをしていたようだ。まるで私が彼の本当の彼女にでもなったつもりでいた。心のどこかで嘘だとわかっていても彼もきっと、私と同じように思ってくれているとなぜだか信じ込んでしまっていた。だがこれは偽りで、それはあまりにもあっけなく終わってしまう。

私はその日は部活には参加せずに一人で家に帰る。そして自室に引きこもると彼のことを考えて急に苦しくなった。

たったの二か月ほどだったが、私たちは毎日のように顔を合わせて一緒に過ごした。手を繋ぎ、お弁当を食べ、帰って…いろんな話をした。私は光くんのことが好きなのかもしれない。そうじゃないとこんな気持ちにはならないと思った。だが彼は私のことは大して何とも思っていなかったようだ。もう毎日彼と一緒に過ごすこともない。手も繋ぐことも。光くんが明日からそばにいない日常を考えると心にぽっかりとした穴ができたような気がして、私はそれを思うと胸が苦しくてどうしようもない気持ちでいっぱいになった。

***

──翌日の朝。私が教室に入ると白石くんがこちらにやって来た。

「昨日はどうしたん?何の連絡もなしに楓ちゃんが部活休むなんて珍しいから、みんな心配してたで」

「特に財前が…」と白石くんが言いかけて私は思わずその名前に反応してしまい、肩が震えた。する白石くんは何かを察したのか「あとで休み時間ちょっと抜け出そうか」と私にこそっと耳打ちした。

人気のない教室に入ると「もしかして財前となんかあったん?嫌やったら言わんでもええで」と白石くんが心配そうに尋ねる。私は白石くんになら今までのことを話してもいいかと思い、今まで光くんの彼女のフリをしていたことを打ち明けた。そしてそれは昨日で終わりを迎え、その時に自分の本当の気持ちに気づいたということも話した。白石くんは私の話に最初は驚いたように耳を傾けていたが、話が終わると少し考えた素振りをする。

「……。そんなはずあらへんで。だって財前は楓ちゃんのこと──」と言いかけたがやめた。
しかし彼はすぐに「せやけど彼女のフリって……なんでそないなことしてたん?」と神妙な面持ちで改めて私に尋ねる。

「前に白石くん、光くんがある子のことで大変な思いしてるって話してくれたよね?」

私は光くんに付き纏っている女の子のことを話す。それを諦めさせるために私が彼女のフリをしていたということも。

「……え、そやった?」

そんなこと俺言ってないで、と白石くんはきょとんとする。私は一瞬頭の中が真っ白になる。

「それに財前にそんなしつこく付き纏ってる子、今まで見たことないけどな。そんなにしつこいんやったらこの部活にも来ててもおかしくないやろ?」
「…………」

確かに部活中にあの子の姿を見たことは一度もない。

「せやし、財前のあの性格やったら、そんな子おってもずっと無視し続けそうやけどな。…ああ、思い出したわ」と白石くんは私を見た。

「財前から聞き出した話……って言ってもあの話を財前としたんは多分三ヶ月ぐらい前の話やけど。あれは多分楓ちゃん、ジブンの話やと思うで」と彼は苦笑した。

「え…私?」

私は呆然とする。私のこととはいったいどういう事だろう?それに三ヶ月前ということはまだ例の女子には付き纏われていないはずだった。三ヶ月前…そういえばその時何かあったような気がするがよく思い出せない。

「でも、自分の気持ちに気づいたんやったら、それを正直にそのまま財前に伝えたらいいと思うで」

白石くんはそう言って私の肩を軽くぽんっと叩いて微笑む。私はなんだか彼から勇気を貰えた気がしてこの気持ちを光くんに思い切って伝えてみようと思った。たとえその結果が振られてしまったとしても。

***

昼休みのチャイムが鳴ると同時に私は席を立つ。
いつものように私は二年生の教室の前で彼を待ち伏せした。そして教室から光くんが出てきて私と目が合う。私が何かを言いかけようとすると彼は私と指を絡ませて手を繋ぎ「行くで」と言って中庭に歩き出した。私は目を見開く。一体どうして?もう彼女のフリは終わったのはずでは……と思ったが私は内心それを嬉しいと思ってしまっている自分がいた。

私たちは中庭でいつものようにベンチに横並びで座る。

「弁当、作ってきました?」と彼は私に尋ねた。
当然作ってきているはずはない。

「あの光くん…実は私」

私は意を決して彼に自分の思いを告げる。

「私、光くんのことが好きなの」

私はぎゅっと目を瞑って俯き、彼から返事が告げられるのを待った。結果はわかっていたので落ち着いている。すると急にふわっとした何かに包み込まれる。おそるおそる瞼を開けると光くんが私のことを抱きしめていた。

「え…光、くん…?」
「………」

私は嬉しくて顔が熱くなる。彼は私を抱きしめる腕に強い力を込めた。

***

光は思った。やっと自分の思い通りになった──────と。

今から三か月前に光はとある事を思いつき、それを実行に移す。師範の本を一緒に探し、自分がみつけたと見せかけて楓にわざと借りを作らせたこと。しつこく付き纏われている女子がいると嘘をつき、楓が断れないことをわかっていて『自分の彼女のフリ』をしてもらうように頼んだこと。そして鈍感すぎる楓と一気に距離を詰めた後に、そこから頃合いを見計らって彼女を急に自分から突き放した。これは楓に自分の気持ちに気づいてもらうためのある種の『賭け』であった。だがこれも成功したようだ。何もかも全て自分の計画通りである。楓はきっと自分のところに戻ってくるとそう確信していた。全ては楓を自分の『本物の彼女』にするための『策』であった──。

光は自分の腕の中にいる楓を眺める。そして彼女の耳元でそっとこう囁いたのだった。

「俺もずっと好きでした。楓先輩」、と───。